Q1:武家諸法度と禁中並公家諸法度の違いは何ですか?
A1:武家諸法度が「全国の大名・武士」を対象とした統制法規であるのに対し、禁中並公家諸法度は「天皇・皇族・公家」を対象とした統制法規です。どちらも1615年(元和元年)7月に出され、幕府による全国支配を確固たるものにしました。
Q2:参勤交代は元和令の段階では存在しなかったのですか?
A2:元和令の時点でも大名が自発的に江戸へ伺候する慣習はありましたが、制度としての明確な義務ではありませんでした。1635年の寛永令において「大名は毎年交代で江戸に参勤すべし」と明確に規定され、義務化されました。
Q3:なぜ天和令で「文武弓馬」から「文武忠孝」に変わったのですか?
A3:戦乱の記憶が薄れた5代将軍・綱吉の時代、力や軍事力(弓馬)を誇示する武士の気風を改め、儒教の教えに基づく「親孝行や主君への忠義(忠孝)」を重視する平和的な官僚統治へシフトさせる必要があったためです。