ハーバード大学を優秀な成績で卒業された雅子さまは、日本の法学・行政の最高峰である東京大学法学部に学士入学(3年次編入)されます。一般的な大学受験の難易度比較において東大法学部の偏差値は70.0前後と国内最難関を誇りますが、学士編入枠は毎年ごくわずかしか合格者を出さない極めて狭き門でした。
東大在学中の1986年、雅子さまは当時の国家公務員試験の中でも最難関と恐れられた外務公務員採用I種試験(外交官試験)に挑戦されます。受験者約800人中、合格者はわずか数十人、女性の合格者は雅子さまを含めてわずか3人という凄まじい倍率を突破。この合格を受けて1987年に東大を中退し、正式に外務省へ入省されました。
外務省では経済局国際機関第二課、そして花形とされる北米局北米二課に配属。日米構造協議などの重要外交局面において、ハイレベルな政策立案や重要閣僚の通訳を担当するなど、将来を嘱望される若手キャリア官僚として第一線で活躍されました。