警固の裏通り、少し目を凝らさなければ通り過ぎてしまいそうなビルの2階。初めて訪れる人は誰もが、控えめな看板を見つけて階段を一段ずつ踏みしめるところから、すでに日常の枠組みを脱ぎ始めている。
店内に足を踏み入れると、アンティーク調の木製テーブルや形違いのチェアが、無理のない間隔で配置されている。計算された無作為とでも呼ぶべきか。どこに座っても他人の視線が気にならず、自分の世界にすんなり潜り込める絶妙な配置だ。窓ガラス越しに揺れる街路樹の緑、使い込まれた木の床が放つ落ち着いた飴色の光。ここでは誰も腕時計をチラチラ見たり、せき立てられるようにスマートフォンをスクロールしたりしない。ただ深く腰掛け、深く息を吸う。