日本野球機構(NPB)の舞台で過ごした11年間は、決して平坦な道ではなかった。ルーキーイヤーの華々しい活躍から一転、度重なる右肩や右肘の故障。かつて甲子園の決勝で激闘を演じた田中将大が日米で圧倒的な実績を積み上げる中、メディアの過剰なプレッシャーと自らの肉体の限界に苛まれる日々が続いた。
その過酷な日陰の時間を共に歩んだのが妻だった。どれほど結果が出ない日でも、家庭内では過剰な慰めや野球への口出しをせず、常に「普段通りの日常」を提供し続けたという。アスリートにとって、グラウンドの外にニュートラルな居場所があることがどれほどの救いになるか。引退を決断する2026年の秋まで、彼女の変わらない佇まいが、彼の折れそうな心を支え続けた。