本作を語る上で欠かせないのが、舞台設定の圧倒的なリアリティです。作中に登場する歓楽街「ヒマチ」は架空の町ではなく、鳥取県米子市朝日町に実在する歓楽街の通称(日の出町と朝日町の一帯を指す呼称)がそのまま用いられています。かつて山陰屈指の繁華街として栄華を極めながらも、バブル崩壊や郊外型大型店舗の進出、少子高齢化によってシャッター街と化した地方都市の残酷な現実が、冷徹かつ愛情あふれる筆致で活写されています。
ネット上では「主人公のモデルとなった実在の女性がいるのか?」「どこまでが実話なのか?」という疑問が長年議論されてきました。著者の茅原クレセ氏は、連載開始にあたり米子市朝日町へ足繁く通い、現地のスナックママ、現役キャバ嬢、ボーイ、地元商店主らへの綿密な聞き込み調査を敢行したことが明かされています。特定の単一人物をそのままトレースした実話ではなく、「現地で実際に起きた歓楽街の盛衰、客足の奪い合い、スカウトの暗闘」といった現場の一次情報を巧みにコラージュし、一条アヤネというカリスマ的支柱を通して昇華させたハイブリッドなセミフィクションであると分析できます。
なお、検索エンジン上で「ヒマチの女王 主人公 アヤカ」というキーワードが散見されますが、これは読者の記憶違いによる誤認であり、正しくは「一条アヤネ(本名:綾音)」です。歌舞伎町時代に月間数千万円を売り上げた伝説を残しながら、派手なドレスを脱ぎ捨て、黒服(スーツ)に身を包んで現場を統括する彼女のストイックな生き様こそが、本作最大の牽引力となっています。