2009年の第45回衆議院議員総選挙において、横粂氏は民主党の公認候補として神奈川11区から出馬しました。対戦相手は、元首相・小泉純一郎氏の後継として政界入りを目指していた小泉進次郎氏でした。世襲批判を掲げて挑んだ「小泉王国」での戦いは、全国メディアから“世紀の激突”として大々的に報じられました。
小泉氏に小選挙区での勝利は譲ったものの、横粂氏は比例復活当選を果たし、27歳の若さで衆議院議員のバッジを手にします。しかし、政権交代後の党内対立やマニフェストの迷走に異を唱え、2010年には民主党を離党。巨大組織に頼らない無所属の道を歩む決断を下しました。
その後、2012年の総選挙では菅直人元首相の刺客として東京18区から出馬し落選。さらに2016年の参議院議員選挙(東京都選挙区)では、政党支援を一切受けず「お金をかけない選挙」を実践して31万票を超える個人票を獲得するも惜敗しました。この挑戦を区切りとして、横粂氏は「政治活動に一区切りをつける」と宣言し、選挙の表舞台から身を引くこととなりました。