野毛の骨格を作ったのは、第二次世界大戦後の混沌と焦土から立ち上がったヤミ市だ。物資の乏しい時代、人々は生き抜くために集まり、バラックを建て、酒を酌み交わした。その生々しいエネルギーは、日本のカルチャー史とも深く共振している。かつてこの地にあった横浜国際劇場で初舞台を踏み、昭和の歌姫へと駆け上がった美空ひばりの足跡は今も語り草だ。大衆芸能の息吹は、落語や演芸の殿堂として街のランドマークであり続ける横浜にぎわい座へと受け継がれている。
さらに、1933年創業の日本最古級のジャズ喫茶であり、多くのミュージシャンを育てたジャズ喫茶 ちぐさが奏でてきた重厚なサックスの音色は、この街の遺伝子そのものだ。90年代にカルト的な人気を誇ったドラマ『私立探偵 濱マイク』の世界観そのままに、今なお路地の影にはハードボイルドなノスタルジーが濃密に沈殿している。歴史の傷跡と文化の誇りが混ざり合うこの場所では、ただ飲む酒の一杯にも重みがある。