河野洋平氏を語る上で欠かせないのが、実子である河野太郎氏との政治的スタンスの違いです。防衛大臣や外務大臣を歴任した太郎氏は、父のハト派路線とは対照的に、中国の軍事的台頭や人権状況に対して毅然とした態度を取る「リアリスト・タカ派」として知られています。
防衛相時代には中国公船による尖閣諸島周辺への領海侵入に対して強い警告を発し、南シナ海での現状変更の試みにも国際社会と連携して厳しく対峙しました。この対比から、永田町では「親子で外交観がまるで異なる」と評されることが少なくありません。
しかし、太郎氏自身も外相時代には王毅氏らと粘り強い交渉を行っており、父が築いた人脈や「河野」というネームバリューを完全に無関係なものとして切り捨てているわけではありません。父・洋平氏の融和的パイプと、息子・太郎氏の抑止力重視の姿勢は、河野家が持つ二面性として国内外の外交関係者から注視されています。