戦後の日本社会において、核家族化が進む理由は単一の要因にとどまりません。産業構造の劇的な転換、都市空間の物理的変化、そして日本人の精神的価値観の変容が複雑に絡み合った必然的な帰結でした。
最大の推進力となったのは、1950年代半ばから始まった高度経済成長に伴う労働力の移動です。地方の農村部から大都市圏の工業地帯やオフィス街へと膨大な若年労働者が流入し、親世代と物理的に離れた場所に所帯を持つ「金の卵」現象が定着しました。この需要に応える形で、日本住宅公団による団地建設や郊外型マンションの開発が進み、「ダイニングキッチン(DK)と2つの寝室」を備えたコンパクトな集合住宅が大量供給されたのです。
加えて、戦前型の家父長制や厳格な嫁姑関係に対する反発、プライバシーの保護を重視する個人の権利意識の高まりが、親世代との同居を敬遠させる決定打となりました。親の干渉を受けず、自分たちの収入を自分たちのためだけに配分できる生活設計は、近代化を急ぐ国民にとって極めて魅力的で先進的なライフスタイルとして称賛された歴史があります。