インターネット上で食品のリスクを語る言説には、科学的な定義の無視や誤認による「バイアス(偏見)」が根強く存在します。特に「水素添加」という専門用語が独り歩きした結果、脂質化学と糖質化学の境界線が完全に曖昧になっています。
改めて両者の化学的本質を対比して整理しておきましょう。
- 危険視される水素添加(油脂の場合):大豆油などの不飽和脂肪酸の炭素二重結合に水素を付加して固形化(硬化油)させる反応。部分水素添加の過程で、分子構造が不自然にねじれた「トランス型」の脂肪酸が副産物として発生し、これが悪玉コレステロール(LDL)を増加させて心疾患リスクを高めます。
- 還元水飴の水素添加(糖質の場合):ブドウ糖や麦芽糖が持つカルボニル基(C=O)をアルコール基(C-OH)に還元する反応。そもそも脂肪酸鎖が存在しないため、幾何異性体であるトランス型など物理的に生まれようがありません。
また、食品メーカーがなぜ砂糖や普通の水飴ではなく、あえてコストのかかる還元水飴を原材料に採用するのか、その工業的理由もあまり正しく知られていません。「体に悪い成分でかさ増ししている」という陰謀論的な見方は完全な見当違いです。
メーカーが還元水飴を選ぶ最大の理由は、「圧倒的な保水力と結晶化防止作用」にあります。和菓子や佃煮、漬物に還元水飴を使うと、時間が経っても食品中の水分が逃げず、しっとりとしたみずみずしさが長期間保たれます。さらに、砂糖のように時間が経って白く固まる(結晶化する)心配がないため、冷凍食品の解凍時にもドリップが出にくく、艶やかなテリを維持できるのです。つまり、添加物を減らしながら食品の保存性を高め、食品ロスを減らすための機能的素材として選ばれています。