物語の冒頭において、ゲンの父である中岡大吉は、町内でも評判の腕を持つ下駄の絵付け・漆塗り職人として登場します。しかし、彼の家庭は極貧の生活を強いられていました。その最大の要因は、大吉が掲げた強固な反戦思想にありました。
太平洋戦争末期の日本社会では、国家総動員法や治安維持法のもとで戦時下の言論統制が極限まで強化されていました。「欲しがりません勝つまでは」「進め一億火の玉だ」といった標語が国を支配する中、大吉は周囲に対して「この戦争は一部の軍部や指導者の私利私欲による狂気の沙汰だ」「国民を飢えさせる戦争が正しいはずがない」と直言を繰り返します。
狂信的な戦意高揚を義務づけられていた当時、戦争に疑念を挟む人物は即座に「国賊」「非国民」と見なされました。中岡大吉が非国民と呼ばれた理由は、自らの良心に従い、国家の理不尽な暴走に対して最後まで屈服を拒んだ勇気そのものにあったのです。