広隆寺の像が海を越えてもたらされた証拠は、木材の材質だけにとどまりません。韓国のソウルにある韓国国立中央博物館金銅弥勒菩薩(旧韓国国宝第83号)と比較すると、両者の間には偶然では片付けられない驚くべき共通点が存在します。
頭部に戴く三山冠の形状、上半身を裸形とし胸元に簡素な首飾りをつける構成、さらには膝から台座へと流れる衣のひだ(衣文)の刻み方に至るまで、プロポーション全体が酷似しています。韓国の像は銅で鋳造された「金銅仏」であり、広隆寺の像は木を彫り出した「木彫仏」という素材の違いこそあれ、同一の工房や同一の設計思想(手本)のもとで制作されたことは明白です。
当時の朝鮮半島(新羅・百済・高句麗)と倭国(日本)は、緊迫した政治情勢の裏側で、仏教という最新の高度文明を介した密接な技術交流を行っていました。半跏思惟像は、東アジアの海を越えた文化連帯の証人として、いまも静かに微笑み続けているのです。