あの劇的なドラマが生まれた背景を理解するには、当時の読売ジャイアンツが置かれていた過酷なチーム状況を振り返る必要があります。2017年シーズンの巨人は、球団史上最悪となる13連敗を喫するなど大スランプに喘いでいました。交流戦に入ってもチーム打率は低迷し、重苦しい空気がベンチを支配していたなかで迎えたのが、6月18日の千葉ロッテ戦でした。
試合は乱打戦の様相を呈し、巨人は主砲の阿部慎之助が2打席連続本塁打を放つなど奮闘を見せていました。しかし7回表、阿部が右膝の違和感を訴えて無念の途中交代。急遽レフトの守備固めとして途中出場し、そのまま阿部の座っていた5番に入ったのが当時34歳のベテラン・亀井善行でした。この緊急出場こそが、運命の歯車を狂わせ、そして奇跡を呼び込む発端となったのです。
試合は延長戦に突入し、ロッテベンチは徹底した作戦に出ます。当時絶好調だった4番のケーシー・マギーとの勝負を徹底的に避け、後続の亀井勝負を選択したのです。延長10回裏の一死二塁、続く延長11回裏の二死二塁。いずれの場面でもロッテバッテリーはマギーを敬遠。勝負を託された亀井は、10回裏はセンターフライ、11回裏はサードゴロに倒れ、サヨナラの絶好機を自らのバットで2度も潰してしまいました。
そして迎えた延長12回表、ロッテに勝ち越しを許し、巨人は4対5と土壇場で追い詰められます。その裏、一死二塁の場面で打席には再び4番マギー。ロッテベンチから告げられたのは、非情にも「3打席連続敬遠」の指示でした。ネクストバッターズサークルにいた亀井の視界に飛び込んできたのは、相手捕手が立ち上がり右手を大きく広げる屈辱的な光景でした。