1974年、舘ひろしは原宿を拠点とするバイクチーム「クールス(COOLS)」を岩城滉一らと共に結成しました。全身黒の革ジャンと漆黒の大型バイクで原宿の表参道を走る集団は瞬く間に若者たちのカリスマとなり、1975年には伝説のロックバンド・キャロルの解散コンサートで親衛隊を務めたことで全国区の知名度を獲得します。
その後、チームの選抜メンバーによってロックバンド「クールス」としてレコードデビュー。矢沢永吉から楽曲提供を受けるなど大きな話題を呼び、舘ひろしはメインボーカル兼リーダーとして脚光を浴びました。しかし、音楽性の違いや俳優業への関心の高まりから、舘ひろしはグループを脱退することになります。当時のメディアでは不仲説や方向性をめぐる対立が取り沙汰されましたが、実際には「自分自身の表現を映像の世界で追求したい」という強いプロ意識が引き金となった経緯解説が後年語られています。