幼少期に自分を捨てた父に対し、佐藤浩市は長年強い愛憎を抱き続けていました。父と同じ俳優の道を選びながらも、「三國連太郎の七光り」と呼ばれることを極端に嫌い、芸名に父の本名(佐藤)を用いながらも、父子であることを公の場で語ることは長らくタブーとされていました。
二人の確執が最も生々しく表面化したのが、1996年の映画『美味しんぼ』での初共演です。海原雄山役の三國と、山岡士郎役の佐藤浩市による「究極対至高の料理対決」は、劇中の対立構造がそのまま現実の親子関係と重なり合う異様な緊張感の中で撮影されました。当時の製作発表会見において、三國が息子を「佐藤くん」と呼び、佐藤もまた父を「三國さん」と冷徹に呼び合う姿は、芸能報道やワイドショーで大きな話題を呼びました。
しかし、佐藤自身が一人の役者として、そして一人の父親として円熟期を迎えるにつれ、二人の心理的距離は徐々に縮まっていきます。2011年の映画『大鹿村騒動記』での共演などを経て、表現者としての互いの孤独と覚悟を認め合う関係へと変化していきました。
そして2013年4月14日、三國連太郎は急性心不全のため享年90でこの世を去りました。都内の病院で最期を看取った佐藤浩市は、その後の記者会見で「最後まで役者として生き、散っていった父を誇りに思う」と語り、涙を見せました。長きにわたる確執の果てに辿り着いた、役者同士としての崇高な和解の瞬間でした。