Google Doodleのジェリーローソンとは?ゲームの父の功績と軌跡

Google Doodleのジェリーローソンとは?ゲームの父の功績と軌跡

Google Doodleのジェリーローソンとは?ゲームの父の功績と軌跡とは一体何なのか? 専門的な分析を丁寧に紐解いて紹介します。

1940年12月1日、ニューヨーク市ブルックリンの公営住宅で生まれたジェラルド・ローソンは、幼少期から並外れた電子工作の才能を発揮していました。13歳でアマチュア無線の免許を取得し、自宅の部屋に自作の無線局を開設。近隣住民の壊れたテレビを修理して小遣いを稼ぐなど、生粋のエンジニア気質を育んでいきます。

クイーンズカレッジ等で学んだ後、彼は黎明期の熱気に包まれるサンフランシスコ・ベイエリアへと渡り、1970年に半導体大手のフェアチャイルド・セミコンダクター社にアプリケーション・エンジニアとして入社します。ここで彼は、歴史を動かす数々のプロジェクトを極秘裏に推進することになります。

当時の報道記録や技術者手記によると、ローソンは会社の業務外でも自宅ガレージにこもり、コイン作動式のアーケードゲーム『デモリション・ダービー(Demolition Derby)』をフェアチャイルドの最新マイクロプロセッサ「F8」を用いて独自に開発していました。この私的な試作機が同社上層部の目に留まり、家庭用ビデオゲーム機開発という極秘プロジェクト「プロジェクト・パンサー」のリーダーへと任命されたのです。

そして1976年11月、世界初のROMカートリッジ交換式ビデオゲーム機「フェアチャイルド チャンネルF(Fairchild Channel F)」が発売されました。本体にマイクロプロセッサを搭載し、カセットを抜き差ししてプログラムを読み込ませる仕組みは、ゲーム業界に計り知れない地殻変動をもたらしました。その後、彼は1980年に独立し、初のアフリカ系主導の独立系ゲーム開発会社「ビデオ・ソフト(Videosoft)」を設立。Atari 2600向けのソフトウェア開発などを手掛け、業界の発展に寄与し続けました。

吉田 誠
Author

吉田 誠

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。