売れない若手時代、生活を維持するためにハンドルを握ったパッカー車(ごみ収集車)。それがすべての始まりだった。相方の西堀亮とコンビを結成し、マシンガンズとして突き進んできた漫才師の道は、決して平坦なものではなかった。劇場に出演しても十分な収入には届かず、家族を養うために足を踏み入れたのがごみ収集の現場だったのだ。
だが、彼はただ作業をこなすだけでは終わらなかった。集積所に置かれた一つひとつの袋から、人々の暮らしの癖や社会の縮図を読み取った。太田プロダクションの先輩や同僚からも一目置かれるその観察眼は、単なる芸人の副業という枠を早々に踏み越えていく。現場でのリアルな体験があったからこそ、彼の発する言葉には嘘がない。