ゴダール『パッション』名画再現の意図と難解な結末の真相を徹底解剖に関する主要なデータを分かりやすく解説いたします。

多くの観客が頭を悩ませるのが、映画のラストシーンの真相です。物語終盤、資金提供者が撮影現場から撤退し、映画プロジェクトは未完のまま瓦解します。映画監督イエジーは完成を諦め、制作を放り出して去っていくところで幕を閉じます。

起承転結を求める観客にとって、この終わり方は一見すると無責任な挫折や放り出しに見えるかもしれません。しかし、本作における「パッション」という言葉の多重性に目を向けると、全く別の意味が立ち上がってきます。

「パッション(Passion)」には、情熱や激情という意味だけでなく、キリストの「受難」という意味が含まれています。芸術を生み出すための受難、資本主義社会で労働を強いられる人々の受難、そして他者を愛することの受難。ゴダールは劇中でこれらを同列に扱いました。

イエジーが映画を「終わらせなかった」のは、あらかじめ決められた結末に物語を押し込めることを拒んだためです。虚構の映画撮影が終わった瞬間、登場人物たちは現実の生活と政治的闘争(当時のポーランド「連帯」運動の影など)へと回帰していきます。映画を未完で終わらせることによって、ゴダールは「現実の世界で生き、愛し、闘うことこそが真のパッションである」という強烈なメッセージを提示したといえます。