日常会話で何気なく交わされる「ごちそうさま」を漢字で表記すると「御馳走様」となります。この言葉の中心にある「馳走(ちそう)」という2文字は、それぞれ「馳せる(走らせる)」と「走る」を意味しており、文字通り「馬を走らせ、あちこち駆け巡る」という激しい運動を示しています。
物流網や冷蔵技術が存在しなかった平安時代から室町時代にかけて、大切な客人を迎えて食事を振る舞うためには、山野を駆け巡って旬の食材を調達し、遠方まで足を運ぶ必要がありました。客側がその途方もない労力と奔走に対して「私のためにそこまで駆け回ってくださり、ありがとうございます」と敬意を示したことが、「馳走」の原点です。
江戸時代に入ると、この「馳走」に丁寧の接頭語「御」と敬称の「様」が付け加えられ、食事に対する感謝の決まり文句として庶民の間にも定着していきました。単に「美味しいものを食べた」という感想ではなく、食事を用意するプロセスに投じられた時間・労力・真心に対する最大の敬意こそが、この言葉の本質です。
また、食事の始まりに発する「いただきます」が、神仏への供え物を「頂(頭のてっぺん)に掲げて戴く」所作や「生き物の命をいただく」という自然への畏怖に由来するのに対し、「ごちそうさまでした」は人の尽力と食材調達の営みへの感謝に力点が置かれています。食事の前後に手を合わせる行為も、仏教の合掌に由来し、命を捧げてくれた動植物と、汗を流して食事を整えてくれた人々双方に対する祈りと敬意が一体化した日本独自の美しい身体文化です。