本作が「至高の飯テロ小説」と称される所以は、全編に散りばめられた圧倒的な料理描写にあります。単に高級レストランの味を並べるのではなく、食材の温度、脂の溶け出す瞬間、舌触りまでもが克明に描かれます。
なかでも、発表直後からSNSや読書コミュニティで再現報告が相次いだのが、真奈子が里佳に最初に伝授した「エシレバターをのせた炊きたてご飯」です。
作中で指示される手順は、極めてシンプルでありながら背徳感に満ちています。
- 手順1:炊きたてのアツアツのご飯を茶碗によそう。
- 手順2:フランス産の高級発酵バター「エシレ」を惜しみなく分厚く切り、ご飯の真ん中に埋め込む。
- 手順3:数秒待ち、余熱でバターの角がとろりと溶け始めたところへ、上質な醤油をほんの数滴垂らす。
- 手順4:全体を混ぜすぎず、冷たいバターのコクと温かいご飯の甘みが口の中で溶け合うグラデーションを味わう。
真奈子にとってバターとは、「人間が自らの快楽のために許された純粋な贅沢」であり、社会が女性に求める「慎ましさ」「節制」への反逆のシンボルです。作中にはこのほかにも、塩昆布とバターのパスタ、七面鳥のロースト、手作りの濃厚なシチューなど、登場人物たちの感情の揺らぎと呼応する料理が次々と登場し、読者の味覚と理性を狂わせていきます。