歌舞伎の家に生まれたわけではない。幼少期に劇団へ入り、オーディションをきっかけに名優・十八代目中村勘三郎の目に留まった。類まれな勘の良さと、何より舞台上で放つ物怖じしない輝き。勘三郎はその才能を愛し、中村屋の部屋子として迎え入れた。
与えられた名は「鶴松」。かつて名優たちが背負った重みある名跡である。名門の看板を背負う重圧は想像を絶する。楽屋での礼儀作法から古典の所作、台詞回しの抑揚に至るまで、文字通り骨の髄まで芸を叩き込まれる日々が続いた。師匠の背中を追い続けた少年時代が、揺るぎない技術の土台を築き上げたのだ。