部活動の現場において、マネージャーは「選手のために尽くす存在」として献身的な役割を求められがちです。しかし、その献身性がかえってマネージャー自身の身体的限界を不可視化させるという構造的リスクを孕んでいます。
炎天下で重いジャグボトルを運び、練習のタイム計測やスコア記録を炎天下で行う作業は、一般的なスポーツ運動に匹敵するエネルギーを消費します。それにもかかわらず、選手に水分を配ることに追われ、自分自身の水分補給や日陰での休息を後回しにしてしまうケースが後を絶ちません。
指導者側も「マネージャーは激しいプレーをしていないから大丈夫だろう」という無意識の油断を抱きやすく、体調不良のサインを見落とす土壌が作られていました。マネージャーを単なる支援要員ではなく、同じ過酷な環境に身を置く「アスリート」と同等にケアすべき対象として認識を改めることが不可欠です。