1993年6月30日、男闘呼組のメンバー4人が出演していた舞台『スラブ・ボーイズ』の東京公演が千秋楽を迎えた直後、事態は急変しました。事務所から突如として高橋和也への契約解除(即時解雇)が言い渡されたのです。夏の全国ツアー日程やニューアルバムのリリースが決定していた最中の出来事であり、ファンはおろか関係者にも凄まじい衝撃を与えました。
当時、一部メディアでは素行不良や薬物疑惑といったセンセーショナルな噂が書き立てられました。しかし、高橋自身は自ら警察に出頭して薬物検査を受け、完全な陰性を証明しています。不当なバッシングに対して身の潔白を行動で示した形ですが、事務所を解雇された事実は覆りませんでした。
解雇の真の要因として語られているのが、事務所上層部(特に当時の副社長・メリー喜多川氏)との決定的な確執です。アイドルとして枠にはめようとする事務所側のプロデュース方針に対し、高橋は本物のロックバンドとしてのアイデンティティを強く主張していました。音楽性への妥協を許さず、権力に対しても率直に自己主張を曲げない姿勢が「事務所の統制を乱す反逆」と見なされ、突然の粛清へとつながったのが真相とみられています。