では、なぜ華やかな合奏曲が「G線上」のアリアと呼ばれるようになったのか。そこに介在したのが、19世紀後半に活躍したドイツのロマン派バイオリニスト、アウグスト・ヴィルヘルミである。彼こそが、今日私たちが知る独奏スタイルの編曲を手掛けた人物だ。
ヴィルヘルミは、バッハの原曲(ニ長調)をハ長調へと移調し、主旋律をバイオリンの最も低い弦である「G線(ト音弦)」のみで演奏できるように仕立て直した。バイオリンの4本ある弦の中でも、G線は格別に太く、深く重厚な音色を奏でる。彼はこの音色の特性を見抜き、右手の弓さばきと指のタッチだけで感情を表現する究極のトランスクリプションを完成させたのだ。ロマン主義全盛のクラシック音楽業界において、この劇的なアレンジは爆発的なブームを巻き起こした。