日本の鉄道史を語る上で欠かせない転換点が、1910年(明治43年)の「軽便鉄道法」公布である。当時、国幹となる主要幹線の整備には莫大な予算と歳月を要していた。取り残された地方の町村や産業地帯は、自前で敷設できる安価で小回りの利く交通手段を渇望していたのだ。
この需要にいち早く応え、「軽便鉄道王」の異名をとった実業家が雨宮敬次郎である。雨宮はアメリカや欧州の小規模鉄道に着目し、敷設コストを極限まで抑えた小型蒸気機関車とナローゲージの組み合わせを全国各地に提案した。彼の情熱は当時の実業家たちを動かし、製糸工場がひしめく信州、木材を搬出する木曽、石炭や鉱石を運び出す東北や九州の山奥へと瞬く間に小さな鉄路が伸びていった。
この軽便ブームは、日本の鉄道産業全体の裾野を劇的に広げた。大掛かりな土木工事を必要とせず、地形の起伏に寄り添うように敷かれた線路は、日本の隅々にまで近代化の息吹を行き渡らせる原動力となったのである。