事件後、命を取り留めた冨田さんの前に立ちはだかったのは、あまりにも残酷な現実と後遺症との闘いだった。東京地方裁判所での公判や、後に発表された手記の中で、彼女の負った負傷の詳細が明かされている。
特に刃物によって負わされた顔面の傷跡は深く、神経損傷に伴う表情筋の麻痺や感覚麻痺が残った。さらに、視覚障害や口を動かすことの激しい痛み、食事や会話の困難さといった機能障害が長期間にわたり重くのしかかった。傷跡を見つめるたびに襲いかかるフラッシュバックとPTSD(心因性PTSD)の恐怖は、彼女の表現者としての日常を根底から奪い去ったのである。
医療陣による根気強い手術とリハビリテーションにより、顔の機能や傷跡の状態は少しずつ回復への道を歩んでいるものの、消えることのない痕跡と心身の痛みは、事件が遺した悲痛な真実として刻まれている。