この山が放つ独特の風格は、文学の歴史と分かち難く結びついている。作家・中里介山が41年余りの歳月をかけて執筆した未完の超大作『大菩薩峠』。主人公・机竜之助が放つ妖気漂う「音無しの構え」と、虚無の魂が彷徨う舞台として、この峠は一躍全国にその名を知られることとなった。
また、文筆家であり登山家でもあった深田久弥は、名著『日本百名山』の中で大菩薩嶺の魅力を情緒豊かに綴っている。深田は頂上の展望のなさには触れつつも、峠からの眺望と峠越えの歴史的ロマンを高く評価した。日本山岳会の草創期の先人たちもまた、甲州と武州を結ぶこの重要な古道に足を運び、日本の近代登山文化の礎を築いていったのである。