「富士山は何県にあるのか」という問いに対し、行政・法的な観点から最も正確に答えるならば、「裾野から中腹までは静岡県と山梨県の両方に属しているが、八合目から山頂にかけてはどちらの県でもない」となります。
国土地理院が発行する2万5千分の1地形図を開いてみると、富士山の稜線に沿って引かれていた県境の点線が、標高約3250メートル(八合目付近)を境に忽然と途切れていることが確認できます。山頂の火口を取り囲む「お鉢巡り」のルート上にも、一切の境界線は描かれていません。
日本の国土において、市町村や都道府県の境界が決まっていない場所は決して富士山だけではありません。総務省の資料によると、湖沼や山岳地帯を中心に全国で14カ所ほどの境界未確定地域が存在します。しかし、国のシンボルである最高峰の頂が、2026年現在に至っても正式な所属自治体を定めていないという事実は、多くの人々にとって新鮮な驚きを与えています。
では、なぜ誰もが知る名峰の頂上で、このような空白地帯が放置されているのでしょうか。そこには単なる事務手続きの遅れではなく、徳川幕府の時代から続く信仰の歴史と、近代法廷闘争のドラマが深く横たわっています。