この強烈な通り名の由来は、1970年代に遡る。当時、このエリアには駿台予備学校をはじめとする大手予備校が立ち並んでいた。全国から集まった浪人生たちが、勉強の合間に近くの喫茶店や居酒屋へ繰り出す姿を見て、いつしか「親不孝通り」と呼ぶようになったのが始まりだ。
だが、イメージチェンジを図る地元商店街の手によって、2000年には「親親通り(しんしんどおり)」というクリーンな名称へ一時的に改名された過去がある。長年根付いた文化と市民の愛着はそう簡単には塗り替えられなかった。呼称をめぐる葛藤の末、伝統的なストリートカルチャーの象徴として、再びかつての名で親しまれるようになった経緯がある。