富岡多恵子の著作は多岐にわたりますが、まず押さえるべきは小説家としての地位を不動のものにした『冥途の家族』(1974年)です。本作は大阪の下町を舞台に、血縁という名の不条理と愛憎を乾いたユーモアを交えて描き出し、第6回野間文芸新人賞を受賞しました。美化されがちな「家族の絆」を容赦なく脱神話化する語り口は、今なお強烈なリアリティを放っています。
そして、彼女の文業のもう一つの頂点といえるのが、重厚な評伝文学です。なかでも『銀の匙』の著者として知られる作家の知られざる内面と女性関係に迫った大作『中勘助の恋』(1993年)は、毎日出版文化賞や紫式部文学賞、読売文学賞を受賞するなど絶賛を浴びました。
対象を過剰に神格化することなく、膨大な書簡や資料を冷徹に読み解きながら人間の本質を炙り出すその手法は、日本の評伝文学史における金字塔と評されています。さらに、傑作短編「立切れ」(川端康成文学賞受賞)や、大正・昭和のジャーナリズムを描いた『釈瓢斎とその時代』など、小説・批評・評伝のいずれにおいても比類なき達成を残しました。