ファナティックが単なる着ぐるみの枠を超え、全米のカルチャーアイコンへと昇華した背景には、卓越したパフォーマーの存在があります。ファンやメディアの間で長年語り継がれるフィリー・ファナティックの中の人のパイオニアが、初代アクターを務めたデイブ・レイモンド氏(1978〜1993年在任)です。
当時デラウェア大学の学生インターンだったレイモンド氏は、パントマイムとスラップスティック・コメディの要素を融合させ、独自の即興パフォーマンスを確立しました。相手ベンチの屋根の上で腹踊りを披露し、グラウンド整備用の車両を乗っ取り、時には敵陣のスター選手を挑発する姿は、球界に衝撃を与えました。
特に球史に刻まれているのが、ロサンゼルス・ドジャースの名将トミー・ラソーダ監督との伝説的な確執劇です。1988年、ラソーダ監督の等身大ダミー人形を引きずり回したファナティックに対し、激怒したラソーダ氏がグラウンド上で人形を奪い取ってファナティックを殴打するという前代未聞のフィリーズのマスコット乱入騒動が勃発しました。このプロレスさながらのエンターテインメント性は、全米中継を通じてMLBの風物詩として定着していきます。
1994年以降は、2代目としてトム・バーゴイン氏がその精神を継承しています。球団公式には「バーゴイン氏はファナティックの親友(Best Friend)でありスポークスパーソン」という厳格な世界観管理が敷かれていますが、30年以上にわたりその圧倒的な運動量とユーモアを維持し続けています。その功績が称えられ、2005年にはフィリーズのマスコットは殿堂入り(マスコットの殿堂の第1回選出)という栄誉に輝きました。