この名曲の誕生には、バンドの存亡を賭けた壮絶なドラマが存在します。1994年、エレファントカシマシは初期の所属レーベルであったエピック・ソニーから突如として契約解除を通告されました。当時のライブでは客席を威嚇し、照明を暗転させたまま演奏するなど、先鋭的かつアナーキーなロック美学を貫いていましたが、セールス的には商業的成功から程遠い状況に追い込まれていたのです。
後がない状態でポニーキャニオンへ移籍した宮本浩次は、それまでの頑なな殻を破る決断を下しました。自著や特番インタビューの場で宮本は、「とにかく売れる曲を作らなければバンドが終わるという強烈な危機感があった」「聴いてくれる人にまっすぐ届く言葉とメロディを必死で探した」と率直に告白しています。頑迷なアングラ意識を捨て、大衆音楽の王道で勝負するという覚悟こそが、本作を生み出す最大の原動力となりました。
その執念が実を結び、1997年に江角マキコと反町隆史が主演を務めたフジテレビ系ドラマ『月の輝く夜だから』の主題歌への大抜擢が決定します。ドラマ制作陣からのオーダーに応えつつ、自らの魂を一切切り売りすることなく書き下ろされた楽曲は、発売と同時にオリコンシングルチャートを急上昇し、エレカシ史上最大のヒットを記録することになりました。