宮沢りえが「ふんどし姿」を公に披露したのは、1991年用として制作された大判カレンダーのビジュアルでした。当時、三井のリハウス初代リハウスガールやフジテレビ系ドラマなどで圧倒的な清純派美少女として天下を取っていた宮沢りえが、白地のふんどし一丁で凛とした視線をカメラに向ける姿は、日本中のお茶の間に凄まじい激震を走らせました。
企画を主導したのは、写真界の巨匠・篠山紀信と、当時マネージャーとして絶大な影響力を持っていた母・宮沢光子(通称:りえママ)でした。単なる男性向けの性的なアピールではなく、「生命力に満ちた10代の純粋な肉体美を、既存のアイドルの枠組みを壊す前衛的なアートとして表現する」というコンセプトのもとで敢行されたのです。
当時の報道関係者の証言によれば、現場に用意されたふんどしを見た瞬間、周囲のスタッフは息を呑んだものの、本人は持ち前の度胸とプロ意識で見事に着こなし、カメラの前で一切の照れを見せなかったと伝えられています。