勢いに乗るブランドは拡大を続け、大手下着メーカーである株式会社ワコールホールディングスとの資本業務提携へと踏み切る。2008年には完全子会社化され、株式売却に伴う莫大な利益と経営基盤の強化を手に入れたかに見えた。しかし、この巨大組織との融合こそが、後の急展開への引き金となる。
経営方針を巡るズレや、創業者が持つ感覚的なスピード感と大企業の組織論との摩擦。さらに私生活での交友関係を巡る過熱報道が追い打ちをかけた。企業イメージの保持を最優先する親会社との間で亀裂が深まり、2011年、野口氏は自ら育て上げた株式会社ピーチ・ジョンの経営トップから退任を余儀なくされる。
「自分が作った会社を去る」という屈辱と喪失感。当時、メディアのバッシングに晒されながらも、彼女は一切の弁明をせず沈黙を守り続けた。ブランドの顔でありカリスマだった人物の去り際としては、あまりにも劇的で切ない幕引きだった。