渡哲也さんの息子に関して、長年インターネットの検索窓で上位に浮上し続けているのが「電通勤務説」と「鹿島建設勤務説」というふたつの大手企業名です。昭和を代表する大御所俳優の子息がどのような進路を選んだのか、ファンの間で高い関心が寄せられてきました。
大手広告代理店である「電通」の名前が取り沙汰された背景には、石原プロモーションが手掛けていた大型ドラマや映画、そして全国規模のイベント(石原軍団による炊き出しやプロモーション)において、広告代理店各社と極めて緊密なパイプを持っていたという業界構造があります。渡哲也さん自身が企業トップと対等に渡り合う人脈を誇っていたため、「コネクションを生かして電通に入社したのではないか」という憶測が自然発生的に広がったと考えられます。
一方で浮上した「鹿島建設」勤務説については、学生時代にラグビーで鍛え上げた長男の屈強な肉体と、現場を支える質実剛健な企業イメージが結びつき、ネット掲示板などを中心に情報が拡散した経緯があります。しかし、取材各社の報道や関係筋の証言を精査すると、特定のメガベンチャーや広告代理店の中枢というよりは、手堅い大手一般企業に勤務するビジネスパーソンとして勤続していることが判明しています。渡哲也さんは息子に対して「親の七光りを絶対に使ってほしくない」と常々語っており、自らの人脈を使って大企業にねじ込むような行為は最も忌避していました。