渡月橋の原点は、平安時代初期の承和年間(834〜848年)にまで遡ります。弘法大師空海の高弟である僧・道昌(どうしょう)が大堰川の治水工事を行い、法輪寺への参詣通路として橋を架けたのが始まりで、当時は「法輪寺橋」と呼ばれていました。
現在の優雅な名がついたのは、鎌倉時代のことです。亀山上皇が、月夜に舟遊びを楽しんでいた折、澄み切った夜空を東から西へと満月がゆっくりと移動していく情景を目にし、「くまなき月の渡るに似る(一点の曇りもない月が、まるで橋の上を渡っていくかのようだ)」と感嘆した詩情に由来します。
地理的にも渡月橋は興味深い境界線を持っています。橋の上流側を「大堰川」、下流側を「桂川」と呼び名を変える結節点に位置しており、背後にそびえる嵐山の稜線と川面の広がりが一体となった景観は、千年の時を超えて守られてきました。現在の橋脚は昭和9年(1934年)に強靭な鉄筋コンクリートで改修されていますが、手摺りや高欄にはヒノキ材が惜しみなく使われており、古都の景観を壊さない匠の配慮が息づいています。