『春望』は全8句から成る「五言律詩」です。漢詩の定形において、2句ごとに首聯(しゅれん)、頷聯(がんれん)、頸聯(けいれん)、尾聯(びれん)という緻密な構造を持っています。まずは全文の原文、書き下し文、そして現代の言葉として胸に迫る現代語訳を照らし合わせて確認しましょう。
【首聯:第1句・第2句】荒廃した都と変わらぬ大自然
[原文] 国破山河在 / 城春草木深
[書き下し文] 国破れて山河あり / 城(しろ)春にして草木深し
[わかりやすい現代語訳]
都(長安)は戦乱によって破壊され尽くしてしまったが、山や川の自然だけは昔のまま変わらずに残っている。春を迎えた城内には、ただ生い茂る雑草や木々が青々と深く茂っているばかりだ。
【鑑賞のポイント】
「国」とは国家そのものではなく、唐の都である長安を指します。「草木深し」を豊かな自然景観と誤解してはいけません。かつて百万人近い人々が栄華を極めた国際都市が焼き払われ、見渡す限りの廃墟に野草が生い茂る凄まじい惨状を、杜甫は冷徹な眼差しで切り取っています。
【頷聯:第3句・第4句】涙する花と驚く鳥|感情の投影
[原文] 感時花濺涙 / 恨別鳥驚心
[書き下し文] 時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ / 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
[わかりやすい現代語訳]
この荒れ果てた乱世を嘆き悲しんでは、(美しく咲く)花を見ても涙を流し、家族と離れ離れになっているつらさを思っては、(愛らしくさえずる)鳥の声を聞いてさえ胸騒ぎを覚えてハッとする。
【鑑賞のポイント】
後述するように、この2句はテストで最も狙われるハイライトです。「花」と「鳥」という本来は春の喜びを象徴する風物に出会っても、悲劇の渦中にいる杜甫の胸には悲痛な情念しか湧き上がりません。
【頸聯:第5句・第6句】果てしない戦乱と家族への思慕
[原文] 烽火連三月 / 家書抵万金
[書き下し文] 烽火(ほうか)三月に連なり / 家書(かしょ)万金に抵(あ)たる
[わかりやすい現代語訳]
戦乱の合図であるのろしは三か月(あるいは春の三カ月間)も燃え続け、遠く離れた家族からの便りは、万金(途方もない大金)にも相当するほど貴重に感じられる。
【鑑賞のポイント】
「烽火」は敵の来襲や軍事行動を知らせる火の手です。「三月」の解釈には「春の3か月間」と「3か月もの間ずっと」の二説がありますが、いずれにせよ長く続く戦火への疲弊を示しています。「家書抵万金」は、情報が途絶えた極限状態において、肉親の無事を伝える手紙の重みを端的に表現した珠玉の句です。
【尾聯:第7句・第8句】老いさらばえた詩人の悲哀
[原文] 白頭掻更短 / 渾欲不勝簪
[書き下し文] 白頭(はくとう)掻けば更に短く / 渾(すべ)て簪(しん)に勝(た)へざらんと欲す
[わかりやすい現代語訳]
心労のために白くなった髪を(もどかしさに)掻けば、ますます抜け落ちて短くなり、もはや冠を止める簪(かんざし)を挿すことさえできなくなってしまいそうだ。
【鑑賞のポイント】
国家の危機、家族の安否、そして自らの肉体の衰え。当時の成人男性は髪を束ねて冠を被り、簪で留めるのが社会的な身だしなみであり礼節でした。それができないほど髪が薄くなったという自嘲は、政治への情熱を抱きながらも何もなし得ない無力感の表れです。