伊吹氏が長年守り続けた京都1区は、保守王国と呼ばれる地方とは異なり、日本共産党をはじめとする革新勢力が極めて強固な地盤を持つ全国屈指の超激戦区でした。毎回の選挙がまさに死闘となる環境下で、伊吹氏は徹底して地元に足を運び、有権者との対話を重ねることで議席を死守し続けました。
また、自民党内においては政策集団「志帥会」の領袖として伊吹派を率いた実績も持ちます。派閥政治の弊害が叫ばれる前から、政策の勉強会・政策集団としての規律を徹底し、派閥に所属する若手議員に対しては徹底した読書と歴史観の涵養を求めました。
派閥を単なる数合わせや人事の猟官組織としてではなく、国家観を磨き上げる人間錬成の道場として機能させようとした伊吹氏の思想は、派閥解散ドミノに揺れた近年の政局において、皮肉にもその本質的価値を再評価される結果となっています。