ジャケットを着用する際、多くの人が一度は疑問に思うのがスーツの一番下のボタンを開ける理由である。これは紳士服における国際的なルールであり、「アンボタンマナー」と呼ばれている。2つボタンジャケットなら「上のボタンのみ留めて下は外す」、3つボタン(段返り)なら「真ん中のボタンのみ留めて上下は外す」のが基本作法である。
一番下を開ける理由は、現代のスーツが「一番下のボタンを留めない前提」でカッティング(立体裁断)されているためだ。一番下まで留めてしまうと、ウエストから裾にかけて美しいドレープが失われ、前身頃に不自然なシワが寄ってしまう。さらに、着席時にジャケットが引っ張られて生地を傷める原因にもなる。
このアンボタンマナーの由来と歴史には、服飾史において2つの有力な起源が存在する。
1つは、19世紀末から20世紀初頭にかけて英国王を務めたエドワード7世にまつわる逸話だ。非常に恰幅の良い体型だったエドワード7世が、ベストやジャケットの一番下のボタンを外して着用していたところ、周囲の貴族たちが王への敬意と追従から同じようにボタンを外したことが宮廷習慣として定着したという説である。
もう1つは、乗馬服やモーニングコートからの機能的進化説である。馬に跨る際、衣服の裾が開いて動きを妨げないよう、一番下のボタンを外していた実用的な習慣が、現代のテーラードジャケットのデザイン設計へと受け継がれた。
また、シャツの手元を飾るカフスボタンの正しい留め方と向きにも歴史的な作法が残る。カフス(カフリンクス)は、ボタンのように生地を重ねて留めるのではなく、シャツの袖口の両端の裏地同士を合わせ、隙間に差し込んで固定するのが本来のクラシックスタイル(フレンチカフス)である。装飾面が外側(手の甲側)を向くように装着することで、腕を動かした際にさりげない品格を演出できる。