この地にまつわる伝承の中で、最も人々の興味を惹きつけて離さないのが鎌倉幕府を開いた武将、源頼朝の足跡だ。文治5年(1189年)、頼朝が奥州藤原氏の討伐に向かう途上、当神社に立ち寄って戦勝を祈願したと伝えられている。当時、立ち枯れに悩んでいたこの地に自ら松を植樹したという伝説は、「頼朝の手植の松」として語り継がれてきた。現在残る松の木はその何代目かにあたるが、脈々と受け継がれる武将の覇気を感じ取ることができる。
さらに時代が下ると、江戸城の築城で知られる太田道灌もまた、石神井城の豊島氏を攻める際に陣を張り、戦勝を祈願したとされる。都内の歴史愛好家の間では、この神社が「勝負の土壇場で運を引き寄せるパワースポット」として評価される理由がまさにここにある。武士の世を創り出し、あるいは駆け抜けた英雄たちが祈りを捧げた空間には、今もピンと張り詰めた独特の気が漂っているのだ。