物語の起点となるのは、あまりに不条理で皮肉な兄弟愛です。両親を亡くし、弟・直貴の大学進学費用を工面するために腰を痛めながら肉体労働を続けていた兄・剛史。追いつめられた剛史は、資産家の一軒家に空き巣に入ります。ところが、思いがけず家主の老婦人に見つかってしまい、パニックに陥った末に殺害。そのまま強盗殺人犯として逮捕され、無期懲役の判決を受けることになります。
残された弟・直貴を待ち受けていたのは、出口のない地獄でした。「弟のために」という大義名分で行われた兄の犯行は、皮肉にも弟の将来を根底から粉砕します。高校卒業後、定時制大学への進学を志して働き始めた工場では、兄の事件が知れ渡るやいなや周囲の態度が一変。アマチュアバンドでメジャーデビュー目前まで上り詰めた瞬間も、殺人犯の身内であることが発覚して脱退を余儀なくされます。
さらに、心を通わせた名家の令嬢との恋愛も、相手の親族から冷酷に引き裂かれました。直貴が何かを掴みかけ、前を向こうとするたびに、服役中の剛史から月1回のペースで届く「獄中からの手紙」が現実へと引き戻します。便箋に綴られた無邪気で能天気とも言える弟への気遣いや反省の言葉は、社会で差別に晒され続ける直貴にとって、希望ではなく息の根を止める呪縛として重くのしかかっていくのです。