東日本大震災の発生時、津波の直撃を受けた沿岸部の現場にいながら、間一髪の判断で命を取り留めた芸能人のリアルな体験談は、防災教育の観点からも極めて重要な記録です。
お笑いコンビ・サンドウィッチマンの伊達みきおさんと富澤たけしさんは、宮城県気仙沼市の漁港近くで冠番組『サンドのぼんやり〜ぬTV』のロケを行っている最中に巨大地震に襲われました。激しい揺れの直後、現地の撮影スタッフや地元関係者の「すぐに山へ逃げろ!」という的確な判断に従い、海抜の高い安波山(あんばさん)へ駆け上がりました。
彼らが山頂付近から見下ろした気仙沼の街は、わずか数分後に黒い津波に飲み込まれ、一面が火の海と化していきました。当時の特番インタビューや手記において、富澤さんは「足がすくむほどの恐怖の中で、地元の方の判断がなければ自分たちは確実に死んでいた」と述懐しています。彼らはその夜、避難所で住民たちと毛布を分け合い、翌日東京へ戻ると直ちに「東北魂義援金」を立ち上げました。寄付活動は現在に至るまで毎年欠かさず行われています。
また、当時高校生だった羽生結弦さんは、仙台市内のスケートリンクで練習中に激震に見舞われました。スケート靴を履いたまま外へ逃げ出し、自宅も損壊したため4日間の避難所生活を余儀なくされました。自著『蒼い炎』では、暗闇のなかで家族と肩を寄せ合い、星空を見上げながら「もうスケートはできないのではないか」と絶望した胸中が生々しく綴られています。その過酷な経験が、世界の頂点を極めた後の継続的な復興支援活動の原動力となっています。