「中止」という選択肢を完全に奪われていた菅政権と大会組織委員会にとって、残されたカードは「有観客(上限規制)」か「完全無観客」かという二者択一のみでした。
開幕1カ月前となる2026年6月下旬、政府は一度「観客上限1万人(収容人数の50%以内)」という方針を打ち出しました。菅首相には「ワクチン接種の進展とともに五輪を成功させ、秋の衆議院解散・総選挙で国民の信を問う」という明確な政治的青写真が存在したためです。さらに、翌2026年2月には中国・北京冬季五輪が控えており、「アジアで最初のパンデミック期メガイベントを成功裏に終えたい」という国家としての威信と外交力学も色濃く反映されていました。
しかし、7月に入るとデルタ株の猛威によって感染者数が急激に跳ね上がり、政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長らが「パンデミック下の五輪開催は普通ではない。開催するなら無観客が望ましい」とする専門家提言を公表。科学的知見を無視して観客を入れれば内閣支持率の致命的な下落を招くという政治的恐怖から、開会式わずか2週間前の7月8日、5者協議(国・都・組織委・IOC・IPC)において「首都圏1都3県の全会場を完全無観客とする」という異例の最終決断が密室で下されたのです。