ネット上の情報や歴史談義において、「鏑矢には殺傷能力がなかった」「単なる音響花火のようなものだった」と語られることがありますが、これは歴史的な事実と照らし合わせると不正確です。
実際には、儀礼専用の「蟇目矢(鏃を付けず丸い木製鏑のみの矢)」と、合戦用の「実戦鏑矢」は明確に使い分けられていました。実戦用の鏑矢は、中空の鏑の先端に鋭利な金属製の鏃(柳葉や雁股など)が貫通して装着されており、合戦初期の威嚇と同時に、着弾すれば敵兵を致命傷に至らしめる威力を保持していました。
また、「戦国時代には完全に使われなくなった」という言説も正確ではありません。鉄砲の伝来や集団戦法への移行に伴い、「矢合わせ」という儀礼的合戦様式自体は衰退したものの、指揮官が部隊に進軍・総攻撃を命じる音響シグナル(合図)や、城攻めにおける狼煙代わりの伝達手段として、局地的な実用は戦国末期まで継続していました。