1959年、運命の瞬間が訪れる。当時19歳だった七保子は、来日中だったインドネシアのスカルノ大統領に見初められた。発展途上国の大統領からの熱烈なアプローチは、貧困から抜け出す千載一遇のチャンスであると同時に、未知の国への片道切符でもあった。
愛娘が遠い異国の大統領の「第三夫人」として日本を去る。このあまりにも突飛な現実に、母・政子さんは猛反対したと伝えられている。言葉も通じない、政情も不安定な東南アジアへ、なぜ行かなければならないのか。母としての当然の懸念と、娘が掴もうとしている「家族を救うための成功」の間で、政子さんの心は激しく揺れ動いた。