東日本を旅すると、地形の険しさと寒冷な気候が生み出した独特の文字に出くわす。代表例が、青森県を中心とする東北地方に広がる「萢(やち)」だ。草冠に泡と書くこの字は、低湿地や谷地を指す。地図を開けば「木造町萢中」のように地名として堂々と印刷されているが、津軽平野の泥炭地と格闘してきた先人たちの水害との歴史を知らなければ、なぜそこに「泡立つ草」の文字が充てられたのかを読み解くことはできない。
視点を中部地方へ移そう。愛知県や岐阜県で頻繁に目にするのが「杁(いり)」という文字だ。木偏に入ると書く。用水路の取水口や樋門を意味するこの漢字は、「杁中(いりなか)」駅などの駅名や交差点名として日常に完全に溶け込んでいる。他県からの転入者は一様に立ち往生するが、尾張徳川家による新田開発と治水事業の記憶が、今なおコンクリートの道路標識のなかに息づいている証拠である。
さらに長野県の山間部では、特定の樹木や木材加工の手法を示すために、木偏に極めて特異な旁を組み合わせた独自の文字が古文書や屋号に残る。標準語の語彙では到底すくい取れないミクロな自然観察が、地域限定の漢字という形態をとって定着したのだ。