御庭番の実態を知る上で注目すべきは、その二面性に満ちた勤務シフトと階級制度です。平時の勤務地は江戸城本丸・二の丸・西の丸の庭園であり、役職階級としては「御徒(おかち)」格に属する下級旗本でした。しかし、その内部には明確なヒエラルキーが存在していました。
組織のトップは「御庭番頭(おにわばんがしら)」が務め、現場の実務部隊である平の御庭番を統括。普段は庭の手入れを行いつつ、城内を行き交う大名や幕臣たちの立ち話、表情、交友関係に細かく聞き耳を立てていました。城内の庭掃除という立場は、誰からも怪しまれずに城内のあらゆる区画へ接近できる最高位の隠れ蓑(カモフラージュ)だったのです。
そして一度「遠国御用(えんごくごよう)」の命が下ると、彼らは商人、旅の僧侶、薬売り、俳諧師などに変装して全国の諸藩へ潜入しました。主な調査項目は以下の通り極めて多岐にわたります。
- 諸藩の財政状況と新田開発の実態:年貢の取れ高や特産品の流通量を把握し、幕府の政策立案に反映。
- 大名・重臣の素行と民政の乱れ:圧政による一揆の兆候がないか、反乱の火種を早期特定。
- 外国船の来航情報と沿岸防備:異国船の出没情報や各藩の軍備状況をいち早く将軍へ直送。
潜入調査の記録は『張行日記(ちょうこうにっき)』などの詳細な調査報告書としてまとめられ、将軍に直接手渡されました。文字通り、近世日本における最高水準のフィールドリサーチ機関だったと言えます。