大原麗子の死因と孤独死の真相|病魔ギラン・バレー症候群と壮絶な晩年

大原麗子の死因と孤独死の真相|病魔ギラン・バレー症候群と壮絶な晩年

大原麗子の死因と孤独死の真相|病魔ギラン・バレー症候群と壮絶な晩年の全貌を詳しく解説してご紹介します。

詳細を見る

大原麗子さんの波乱に満ちた生涯を語る上で欠かせないのが、2度の結婚と離婚です。1人目の夫は、東映の看板俳優として活躍した渡瀬恒彦さん(1973年結婚、1978年離婚)。2人は深く愛し合っていましたが、多忙によるすれ違いや、大原さんの流産という悲痛な出来事、そして「家庭を守る妻」と「第一線の女優」の間で引き裂かれた葛藤が原因となり、5年でピリオドを打ちました。

しかし、離婚後も2人の絆は途切れることがなく、渡瀬さんは大原さんにとって生涯最大の理解者であり、相談相手であり続けました。

2人目の夫は、国民的歌手の森進一さん(1980年結婚、1984年離婚)です。大スター同士の華やかな結婚生活として注目を集めたものの、家庭に入り自分を支えてほしいと願う森さんと、表現者として舞台や撮影現場に立ち続けたいと望む大原さんの価値観の隔たりは埋まりませんでした。「家庭に男が2人いた」という大原さんの言葉通り、自立したプロフェッショナル同士ゆえの衝突が重なり、4年で離婚に至りました。

橋本 菜々子
Author

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。