2009年8月6日午後7時頃、東京都世田谷区岡本にある延べ床面積の広い豪邸の2階寝室で、大原麗子さんは変わり果てた姿で発見されました。連絡が取れないことを心配した弟の大原政徳氏が警視庁成城署員とともに自宅に入り、ベッドの上で静かに息を引き取っている彼女を発見したのです。
司法解剖の結果、死亡推定日時は発見の約3日前にあたる2009年8月3日、直接の死因は「不整脈による内出血」と診断されました。事件性や自死の痕跡はなく、病気の発作によって誰にも看取られることなく旅立ったことが明らかになりました。
警察と弟が目にした自宅内の様子は、かつての華美な大豪邸のイメージとは裏腹に、痛ましいほどの孤独を物語っていました。台所の大型冷蔵庫を開けると、中にはわずかな果物と数本のミネラルウォーターしか入っておらず、自炊をして規則正しい食生活を送っていた形跡はありませんでした。
さらに、大原さんの手元にあった電話帳やアドレス帳からは、長年付き合いのあった知人や友人の連絡先が自らの手で斜線で消されていたり、電話機のコードが抜かれていたりと、外部との接触を徹底して断とうとしていた痕跡が確認されています。自己の衰弱を他者に見られたくないという強烈な美意識が、結果として救援を呼ぶことを拒む「セルフネグレクト(自己放任)」に近い状態を生み出していました。