大相撲の本場所で、初日から14日目までの毎日、全取組と弓取式が終わった「打ち出し」の直後に必ず響くのが、軽快なテンポで叩かれる「跳ね太鼓(はねだいこ)」です。ところが、優勝力士が決まり、表彰式が終わった千秋楽の夕暮れ、櫓の上に人影はなく、太鼓の音も聞こえてきません。館内を出る観客を包むのは、祭りの終わりを告げる静寂だけです。
千秋楽の打ち出し後に跳ね太鼓を打たない理由は、この太鼓が持つ本来の言葉の意味に直結しています。跳ね太鼓の打法とリズムには、「今日はお引き取りいただき、また明日も跳ね起きて見に来てください」「明日も良い相撲をお見せします」という、興行主から観客への再訪の願いが込められています。
しかし、千秋楽は15日間の興行の最終日であり、翌日にはもう相撲はありません。もし千秋楽の夕方に跳ね太鼓を打ってしまえば、「明日もやっているから来てください」と偽りを告げることになり、観客に対して甚だ不実で無礼にあたります。さらに相撲界では「明日がないのに明日を願う」行為は興行の区切りとして縁起が悪いとも忌み嫌われてきました。そのため、千秋楽の全日程終了時は、土俵上で神送りの儀式を静かに執り行い、太鼓を打たずに潔く幕を下ろすのが江戸時代から続く絶対の鉄則なのです。
相撲関係者の手記や古参呼出への取材記録でも、「千秋楽に跳ね太鼓を打つなということは、見習いが入門して最初に叩き込まれる掟の一つ」と語られています。終わりを惜しむ余韻を残しつつ、引き際を鮮やかに演出する日本古来の美意識が、この「打たない決断」の中に色濃く息づいています。